程一彦の死因と病名は?本名と自宅や嫁・子供はいる?高校・大学など学歴も紹介!

程一彦さんは、台湾料理・龍潭の2代目オーナーシェフとして活躍し、年齢81歳・2019年6月23日に死去されました。

「料理の鉄人」やNHKの「きょうの料理」などにも出演し、その人柄の良さも併せて多くの方から愛された料理人ですよね。

このページではそんな程一彦さんの死因や病名について、これまでの経歴・学歴と自宅や結婚して嫁や子供はいるのかなど詳細情報をお届けします。

程一彦の本名と簡単な経歴・プロフィールを紹介

まずは程一彦さんの簡単な経歴・プロフィールを見ていきましょう。

・名前:程 一彦(てい かずひこ)
・本名:根本 一彦(ねもと かずひこ)
・生年月日:1937年12月14日
・年齢:81歳
・出身地:大阪府大阪市
・住居:兵庫県宝塚市
・趣味:ジャズ
・職業:中華料理人、料理研究家

程一彦さんは1937年生まれで年齢は81歳。2019年6月23日に死去。

日本人の父親である根本豊秀さんと、台湾人の母親である碧霞(かすみ)さんの間に生まれ、本名は「根本 一彦」という名前です。

程一彦さんが小学校2年生の時に、両親が梅田の駅前に「台湾料理・龍潭(リュータン)」を開店。

父親はもともと溶接技師で料理ができなかったので、主には母親が焼きそばや八宝菜などの料理を振るっていたようです。

程一彦さんは子供のころから調理場に出入りし、その時から長男として店を継ぐ自覚をしていたようですね。

そして大学卒業後に1年間ほど台湾に料理修行に行き、24歳の時に「台湾料理・龍潭」の2代目オーナーシェフとなります。

料理長として厨房に立つだけでなく、各メディアにも積極的に出演し、特に当時大人気番組だった「料理の鉄人」が評判となり人気を博します。

またNHKの長寿番組「きょうの料理」では、40年以上もの長きにわたって講師を務め、特に関西での知名度は抜群。

そして2010年72歳の時に「程さんの店」として長年愛されてきた、店台湾料理・龍潭を閉店します。

閉店した理由は、高齢による体力の限界とのこと。

程一彦さんは引退後も様々な活動を行っており、自宅のある兵庫県宝塚市の雲雀丘山手では、完全予約制のレストラン「龍潭 宝塚店」を開店。

また一般の生徒さんに料理を教える、「程一彦中国料理教室」も自宅を開放して行っていました。

その他にも、母校での特別講師や被災地でのボランティア活動、プロデュース商品の活溌などその活動は多岐にわたります。

それらが評価され、2017年フランスの料理専門誌である「ル・シェフ」にて、世界のトップシェフ100人に選出される偉業を果たします。

そして2019年6月23日、一般客と巡る台湾グルメツアー中に、滞在先のホテルで死去されました。

程一彦の死因となった病気・具体的な病名は何?グルメツアー情報も解説!

前述しましたが、程一彦さんは台湾グルメツアー内のホテルで死去しました。

死亡理由や病名は明かされていないので不明です。

ただし飛行機に乗って泊りがけのツアーに行くわけなので、何か特定の病気や疾患にかかっていたわけではないと思います。

また程一彦さんの妹は開業医で病気には人一倍気を使っていたようですし、自身の講演会でも「医食同源」についての重要性を繰り返し説いていたような人です。

致命的な病気にかかっていながら、ツアーに参加したというのはちょっと考えられません。

なので程一彦さんの死因は、高齢による心筋梗塞や狭心症など急な体調不良・突然死だと推測します。

さらに追加情報としてグルメツアーに関する事も紹介すると、ツアーの名称は「程さんの故郷龍潭と客家ロマンティック街道ゆっくりグルメ旅」。

日程は2019年の6月22日~25日で、3泊4日のツアーでした。

このグルメツアーは兵庫県のテレビ局の「サンテレビ」が後援していたツアーで、その最終回だったようですね。

実際に程一彦さんはツアーのCMでも、「今回が最後の旅」といっていたようです。

また死亡現場となったホテルですが、これも具体的なホテル名の詳細はどこにも載っていませんでした。

ただグルメツアーのスケジュールを確認すると、ツアー参加者は3日ともすべて台北にある「シーザーパーク」というホテルに宿泊しています。

もしかすると程一彦さんは違うホテルに泊まっていたかもしれせんが、このシーザーパークで息を引き取った可能性は高いのではないでしょうか。

程一彦さんの死因・病名は、どのニュースにもないので想像の域を超えませんが、推測するとこんな感じになりました。

なお告別式は、近親者のみでしめやかに行われたようです。

程一彦の学歴は?出身高校は灘高で中学・大学はどの学校?

程一彦さんは一流の料理人でありながら、かなり優秀な学歴の持ち主でもあります。

まず中学は、小学校の校長先生に何気なく関西学院中等部への受験をすすめられ、その受験には失敗します。

そして2次試験を受け、追手門学院中学校へ入学するのですが、追手門に外国籍で入学したのは、程一彦さんが初めてだったようです。

そして中学の友達から「灘高に一緒に行こうと」誘われ、よく分からないままに試験を受けて見事合格。

料理人の息子でガリ勉のイメージは一切ないですが、日本屈指の高偏差値・難易度を誇る灘高校に受かるのはまぐれでは無理ですよね。

普段から勉強していたのと、もともと頭の柔らかさや回転が良かったのだろうと感じました。

そして大学は、中学校の時に落ちた関西学院に「どうしても入学したい」という思いがあり、最初から行くことを決めていたようです。

また関学は私立なのでお金持ちが多いだろうと予想し、将来自分が店を継いだ時に友達が良いお客さんになってくれるのではという思惑もあったそうですw

そんな考え通り、関西学院大学文学部社会学科に入学。(この時、第二候補の同志社大学にも受かっていたようです。)

関学では軽音楽部に入いりますが楽器が弾けないという理由で、1年生の頃からソロボーカルで舞台に立ちます。

程一彦さんは料理人の顔とは別にジャズボーカリストという一面もあるのですが、これはこの大学での経験がきかっけになっているのでしょう。

そして毎年開催される「高槻ジャズストリート」では、シンガーとして第1回目から連続出場しています。

中学・高校・大学と、一般的なエリートとして通用するぐらい、程一彦さんは華やかな学歴を持っていますね。

自分が龍潭の跡を継ぐことを分かっているにも関わらずこの学歴ですから、程一彦さんは常に挑戦する気持ちを持ち、かなり負けず嫌いな性格だったのでしょうね。

程一彦は結婚して嫁と子供はいるの?自宅は兵庫県の宝塚?

程一彦さんは結婚しているのかや、嫁・子供など家族についての情報を見ていきましょう。

まず時期は不明ですが、ご結婚はされています。

程一彦さんの妻はお金持ちの町として関西では有名な、帝塚山の幼稚園で先生をされている女性だったようですね。

そして知り合ってすぐ、程一彦さんが一目ぼれをして猛アタック。

時代的に差別もあり、中国人ということで奥さんの周囲からは結婚を反対されていたようですが、それらを振りきりゴールイン。

そして子供は息子と娘がいるようですね。

息子さんは根本 龍章(ねもと りゅうしょう)という名前で、程一彦さん死去後に喪主をつとめています。

程一彦さんのインタビュー記事を読むと、嫁や子供のことを折に触れて発言していたり、とても円満な家族関係だったことがうかがえます。

次に自宅なのですが、もともと程一彦さんの実家は大阪駅前高架下の「龍潭」がお店兼住居でした。

結婚を機に、兵庫県の宝塚市に移住したようですね。

自宅の住所は、宝塚市雲雀ヶ丘山手にあるライオンズマンションで、そこで完全予約制の「龍潭 宝塚店」と「程一彦料理教室」を営んでいました。

平成13年からは宝塚市のイメージアップや知名度の向上を目的とする、宝塚市大使に就任しています。

程一彦はテレビ「料理の鉄人」で初めて鉄人を破った挑戦者!

程一彦さんの名前を一躍世に広めたきっかけが、視聴率20%を超えることもあった大人気番組「料理の鉄人」です。

出演したのは程一彦さんが56歳の頃、1993年11月21日の放送です。

対決のテーマは「タコ」で、対戦相手は中華の鉄人「陳健一」でした。

鉄人の方がすでに調理に入っているのに、程一彦さんは作る前にお品書きを記したり、食材をずっと吟味していたのを覚えています。

また番組用に魅せることを意識していたのか、手元を見ることなく食材を等間隔に切っていくパフォーマンスを披露。

またご本人の商品である、「程さんの中華コンソメ」をカメラに映るようにしたりなど、真剣勝負中にも余裕やユーモアが伺えました。

そして制限時間の1時間以内に、

・タコスープ卵白仕立て
・タコのミソマヨ和え
・タコ&アスパラ炒め

という3品を調理し、審査員は秋元康・浅芽陽子・平野雅章の3人。

魯山人の愛弟子の平野は、中華なのにマヨネーズを使うことに驚き、秋元康は総合的に上手に考えられていると絶賛。

そして勝利したのは程一彦さんで、番組史上初めて鉄人を打ち破った挑戦者の誕生です。

そんな快挙を成し遂げたわけですが、手伝ってくれたアシスタントにはしっかりとお辞儀した後に握手であいさつ。

また「自分はタコが得意だった」と、負けた陳健一さんへの配慮も忘れていなかったのが、程一彦さんの人間性を表していました。

出来栄えに関して、時間内にあとかたずけができなかったので「79点」という料理への姿勢も素晴らしいです。

程一彦のお店・龍潭(リュータン)はもう閉店してる?通信販売はある?

龍潭(リュータン)は焼ビーフンや肉ちまきなどが名物料理で、天下一品の台湾料理・中国料理を提供してくれることで評判でした。

前述してますが、龍潭は2010年9月26日をもって閉店しています。

引退後に宝塚市の自宅で営んでいた「龍潭 宝塚店」も、死去されているのでお店は当然ありません。

また子供が跡を継いでいるという情報もないので、残念ですがもう2度と食べることはできません。

そうはいっても程一彦さんの味を「また楽しみたい」、「食べてみたい」という方は少なくないでしょう。

そこで程一彦さん関連の通販商品がないか調べたところ、

伊勢丹の通販ショップにて、なでしこポークを贅沢に使用した小籠包、大きな海老とたけのこを包んだ「えび水晶」が購入可能です。

その他にも、尼崎市を拠点に全国展開しているスーパーマーケット「エース」協力の元、「程一彦流 宝塚具沢山カレー」という商品が発売されています。

これは程一彦さんが死亡する3か月前に販売開始された商品で、新名神高速道路の宝塚北サービスエリアにて購入できます。

程一彦さんはカレーにもかなりのこだわりがあるようで、この宝塚具沢山カレーに関して「味には絶対の自信がある」という言葉を残しています。

本人がいないので再版される可能性も低いと予想できるので、これを機に一度食べてみてはいかがでしょうか。