笈川幸司の経歴・年収とお笑い芸人時のコンビ名やネタは?中国人の嫁と結婚や子供と出身大学など

2019年10月21日放送の「逆転人生」に、カリスマ日本語教師の笈川幸司さんが出演しました。

元お笑い芸人という経歴を持つ笈川さんですが、反日が吹き荒れる中国の中においても超人気講師として高い評価を受けています。

このページでは笈川幸司さんの出身大学とこれまでの経歴、お笑い芸人時代の芸名・コンビ名と漫才のネタなど、結婚して奥さんや子供はいるかなど徹底紹介しています。



笈川幸司さんのwiki風プロフィール

・名前:笈川 幸司(おいかわ こうじ)
・生年月日:1970年4月20日
・年齢:49歳
・血液型:B型
・出身地:埼玉県所沢市
・職業:日本語教育家
・在住:浙江省
・その他:ジャスロン代表

笈川幸司さんは年齢が49歳で、職業は「日本語教育家」。

過去には衆議院議員の公設秘書や、お笑い芸人という異色の経歴を持ちます。

中国の清華大学や北京大学など名だたる学校でも講師として活躍し、2019年のニューズウィーク日本版で「世界で尊敬される日本人100」にも選出されました。

丁寧かつ熱意にあふれる指導は口コミで評判となり、日本語コンテストやスピーチ大会で優勝した教え子は100人以上をゆうに超えます。

今や中国全土はもちろん、世界各地でオファーが殺到しているカリスマ日本語教師です。

笈川幸司さんの出身大学とこれまでの経歴

まず笈川幸司さんの出身大学は、「日本大学文理学部教育学科」です。

この大学の偏差値は、河合塾が提供しているデータでは52.5とのこと。

教育学科を先行しているところは今に通ずるものがあり、すでに学生時代から教育という分野に興味があったのでしょうね。

ちなみにこの大学卒業前に、母親の勧めで1年半ほど中国に留学に行ったそうで、ここでの経験が後の転機につながります。

そして日本大学卒業後の1996年には、当時衆議院議員の木幡弘道さんの元で公設秘書を務めます。

1年後の1997年に秘書を辞職し、そこから子供の頃からの夢だったお笑い芸人の道を志してケイダッシュステージに所属。

しかし厳しいお笑いの世界で日の目を見ることはなくコンビは解散、2001年にほとんど仕事の当てもないまま中国行きの飛行機に飛び乗ります。

なんとか知り合いのツテをたどり、2001年7月に北京美国英語語言学院で日本語教師として着任する。

この学校での働きぶりが評価され、2002年からは清華大学で約3年半、2005年からは北京大学で約2年ほど日本語講師として勤め、2007年9月に再び清華大学に復帰。

ちなみにこの2つの大学は、中国だけでなくアジア全体でもトップの超名門校。

2019年アジアの大学ランキングでも清華大学は1位、北京大学は5位にランクインしています。(日本の東京大学は8位)

さらに2011年9月からは、中国全土200校以上の大学をまわって日本語を指導する、「日本語講演マラソン」を実施しました。

2013年には独立して日本語学習サロンJASLONの代表、日本語学習者向け特訓コースの提供、様々な大学で集中講義を行う。

2010年には著書「笈川日本語教科書」でベストセラー賞を受賞し、2016年には「中国における日本語教育の推進」として外務大臣表彰を受賞。

そして2019年にはアメリカのニュース情報誌「ニューズウィーク」に、「世界が尊敬する日本人100」に選出されました。

現在は日本と中国だけでなく、世界各国で日本語の講演会を精力的に行うカリスマ日本語教師です。



笈川幸司のお笑い芸人時代の漫才ネタや芸名・コンビ名は?

笈川幸司さんのお笑い芸人時代は、一体どんな活動をしていたのか気になりますよね?

まず芸人時代も今と同じ名前で、芸名ではなく本名を使っていたようです。

所属事務所はケイダッシュステージで、ここはオードリー、はなわ、原口あきまさなどのタレントが今も所属している芸能事務所です。

笈川幸司さんの相方は長浜徹さんという方で、「ハイセンスゥ」というコンビ名で主に漫才師として活動をしていたようです。

小さい「ゥ」はなんでしょうねw

自分たちでハイセンスと言い切ってしまうとハードルが上がりまくるので、語尾に「ゥ」を入れてお茶を濁した感じでしょうか。

このハイセンスゥの漫才やネタの情報を、見つけることはできませんでした。

芸人時代は1997年~2001年の4年間とのことで、その時代はそこまでインターネットが普及しておらず、ユーチューブなどでも動画は残っていませんでした。

ただ笈川幸司さんのwikiにもありますが、「NHK爆笑オンエアバトル(オンバト)」に出場経験があるようです。

この番組は芸人が漫才やコントなどのネタを披露し、会場にいるお客さんが面白いと思った芸人のバケツにボールを入れます。

その重量で順位を決め、一定の順位に入ったネタはテレビにオンエアされるという番組です。

さらに詳しく調査した結果、笈川幸司さんのハイセンスゥは1999年4月17日に開催された第4回目の爆笑オンエアバトルに出場していました。

その当時は11組中上位6組までがオンエアだったようですが、ハイセンスゥは重量185で11組中10位という結果。残念ながらオンエアされなかったようです。

笈川幸司さんの芸人時代の主だった活動はそれぐらいしか発見できなかったので、やはり相当苦しかったのだと推測します。

ただ漫才で培われたトーク技術は、日本語講師という職業では大いに役立ったようなので、捨てる神あれば拾う神ありといったところでしょう。

笈川幸司は中国人の嫁と結婚?現在の奥さんと子供について

笈川幸司さんがコンビ解散後に中国を渡った理由は、当時付き合っていた彼女と結婚するためだったそうです。

というのも大学卒業前に行った中国留学で中国人の彼女と出会い、そこから秘書と芸人時代の5年間半は遠距離恋愛をしていたそうです。

実際にその中国人女性の彼女とは結婚して籍を入れましたが、北京に到着してすぐに分かれてしまったようです。

離婚の理由を考察すると、経済的な問題があったかと思います。

というのも笈川幸司さんは当初、日本語講師として月7,000元で学校と契約したらしいですが、トラブルがあって給料が月800元になったらしいです。

800元というのは日本円に換算すると約1万円なので、中国とはいえこの収入で家庭を持つのは苦しいですよね・・・。

なので中国人の妻も生活ができないと判断し、離婚に踏み切ったんだと思います。

そんなバツイチの笈川幸司さんですが、現在は結婚してお嫁さんもいますし子供も2人いるようです。

まず結婚相手の奥さんは笈川奈弥(旧制:出口奈弥)という名前の方で、中国人ではなく日本人女性です。

この奈弥さんも中国で日本語講師をしていた女性で、北京にて仕事を通じて知り合ったのがきっかけと。

2人は2011年7月に、入籍して夫婦となります。

しかもこの2人は16歳も年が離れているらしく、笈川さんが41歳・奈弥さんが25歳という年齢の時に結婚しています。

16歳年下の妻をゲットできるなんて羨ましい限りですが、これも彼の人柄や性格の良さと、苦難を乗り越えた男気に奥さんは惚れたのでしょうね。

そして夫婦の間には、息子の「友志君」と娘の「菫(すみれ)ちゃん」という2人の子供がいるようです。

今はこの4人の家族で、温かい家庭を築いています。

お笑い芸人としての夢は破れ、中国人女性と結婚したもののすぐに離婚と苦しい時期もありましたが、人生は本当に何があるか分からないものですね。

笈川幸司の年収・給料はどれぐらい稼いでる?

笈川幸司さんの年収は、いくらぐらいでしょうか?

一番最初に日本語講師をしてい、北京美国英語語言学院での給料は、1ヶ月で7000元(およそ10万8千円ぐらい)だったようです。

そもそも中国の大学の外国人教師自体があまり良い待遇ではないらしく、宿舎付きで月6500元前後が平均的な給料とのこと。

年収に換算すれば、約120万円程度でしょうか。

笈川幸司さんは清華や北京など国立大学でも講師をしたので、給料アップはしたとは思いますが、劇的に稼いでいたほどではないと思います。

2013年からは独立・起業しており、日本語合宿や講演会などの事業を中心に行っています。

特に講演は世界各国で開催しているようなので、稼ぎ・収入のメインはこちらでしょうね。

独立当初は奥さんと2人で手弁当でノーギャラでも受けていたようですが、今やニューズウィークでも取り上げられるほどのカリスマ講師です。

なので今現在の笈川幸司さん年収は、1,000万円は下回らないと推測します。