小杉美穂の犯人は中勝美or第2の男?母親・父親など家族や自宅は?殺害現場や死因など真相を追及!



12月15日の「日曜THEリアル!」にて、2008年5月に起きて未だ未解決の「舞鶴女子高生殺害事件」が取り上げられるようですね。

なんでも元FBI特別捜査官によって事件が再検証され、さらに被害者の小杉美穂さんの母親によって新情報が明かされるとのこと。

まだ放送されていないので分かりませんが、これを受けて「真犯人はこいつだろうな」と思えるところまで、真相を究明すべく調査しました。

このページでは、小杉美穂さん殺害事件に関する現場や死因、有力容疑者の中勝美についてなど詳細を徹底解説しています!

小杉美穂さん(舞鶴女子高生殺害事件)の事件の概要

2008年5月6日、高校1年の女子高生が夜午後10時以降に自宅を出た後、翌5月7日午前0時50分頃友人に「国道沿いのドラッグストア付近にいる」と携帯電話で話し、その直後に東京に住む兄に携帯メールを送信したのを最後に行方が途絶えた。

同日午前9時頃に女子高生が家に帰らないため、女子高生の家族が捜索願を出す。

翌5月8日午前8時45分頃に雑木林で女子高生は遺体として発見された。

死因は失血死で死亡時刻は5月7日未明とされる。

バールのようなもので女子高生の顔や頭など数回殴って殺害した上、遺体に土や枯れ葉をかけて隠していた。

今から11年前に起こった悲劇的な事件です。

まずはこの事件の被害者となった、小杉美穂さんの背景も含めた概要を紹介します。

小杉美穂さんはもともと人見知りする性格で、中学時代から不登校ぎみだったとのこと。

実際に中学の卒業式にも出席しなかったようですが、一緒に登校するような親しい友達はいたようで、その友人たちからは「思いやりのある女の子」と評価されていました。

卒業後の進路は、こじんまりとした校風や自由が利くという理由から、定時制の「京都府立東舞鶴高校浮島分校」に入学する。

ですが高校を入学しても体調はあまり優れずに通学は1回のみで、母親には「死にたい」と漏らしたこともあったとのとこです。

そして高校入学から約1ヶ月後、5月6日に事件が起きました。

当日の小杉美穂さんは自宅で夕食をすませた後、母親と一緒に1階のリビングでテレビを観ていました。

一緒にいた母親は22時ごろにうたた寝をし、24時ごろに目を覚ましましたが、リビングに小杉美穂さんの姿がないことから、2階の自分の部屋に戻ったと認識します。

そして翌朝の6時30分ごろに娘の姿が見当たらず、玄関の扉の鍵が開いていて、サンダルもないことから、家にいないことに気づきます。

すぐさま小杉美穂さんの携帯に電話をかけ、メールを送りましたがつながらず、その時点で警察に捜索願を出しました。

その翌日の午前8時45分ごろ、舞鶴市内の川沿いにある雑木林にて、変わり果てた姿の小杉美穂さんが発見されました。



小杉美穂さんの母親や父親など家族構成・自宅はどこ?

小杉美穂さんの家族構成ですが、どうやら早くから父親を亡くして母子家庭だったようですね。

それからは母親の春美さんと兄の3人家族でしたが、小杉美穂さんが小学校2年生の時に、母親に内縁の夫ができたようです。

小杉美穂さんからすれば義理の父親となるのですが、悩み事の相談をするなどかなり親しい関係にあったようです。

ですが事件が起きる約1か月前の4月8日に、その義理の父親も亡くなってしまい相当なショックを受けたようですね。

もともと不登校ぎみで高校も通学していなかった状態なのに、そのような出来事があり、さらに塞ぎ込んでしまったようです。

そして小杉美穂さんの自宅ですが、調査したところ京都府舞鶴市の「田中町」というところのようです。

さすがに番地など詳細な住所までは、見つけることができませんでした。

またこれは事件があった時のことなので、今現在は不明です。

おそらくですがこの自宅は引き払い、残された家族は引越しして別の土地に住んでいると思われます。

小杉美穂さんの殺害現場と死因はなに?

小杉美穂さんが殺害された事件現場ですが、京都府舞鶴市の朝来川沿いにある雑木林で遺体が発見されました。

その遺体遺棄現場から自宅までの距離は約6km。

その現場の雑木林は少し土手になっており、そこに小杉美穂さんの上着やTシャツが発見され、さらに朝来川の中からカバンが見つかったようです。

その雑木林は、普段あまり人が立ち入らないような場所とのこと。

そして現場周辺には血の飛沫が見られるなどの状況証拠から、小杉美穂さんはこの場所で襲われたとして殺害現場と断定しています、

今回のテレビ番組ではFBI捜査官が、「殺害現場は遺体発見現場と同じなのか?」ということに関してプロファイリングするようですが、結果はどうなるんでしょうね?

また小杉美穂さんの死因ですが、硬いもので頭や顔などを複数回殴られたことによる失血死です。

遺体の傷跡から石など現場にあるのではなく、工具やバールのような棒状の鈍器が凶器とみているようです。

ただこの凶器については、今もなお発見されていません。



小杉美穂さん殺害事件の犯人として逮捕された中勝美という男

小杉美穂さんを殺害した犯人が誰なのかですが、被害者周辺の友人たちとは目立ったトラブルがなかったため捜査は難航しました。

ですが事件から半年が経過した2008年の11月、ついに有力な容疑者として警察は1人の男を逮捕しました。

それが犯行現場近くに住んでいた、中勝美という男で当時の年齢は60歳です。

顔画像はこちら。

下で紹介しますが、この中勝美は近所では有名ないわくつきの人物だったようですね。

京都府警は捜査にあたって、現場周辺にある複数の防犯カメラの映像をチェックしたところであることに気が付くんですね。

それは事件当日に黒い服を着て自転車を押す男が、小杉美穂さんと一緒に映っていたということです。

警察は姿・恰好からその人物を中勝美と断定し、賽銭や下着泥棒をはたらいたところで別件逮捕しました。

その後、中勝美の自宅を6日間にわたって家宅捜索し、約2000点の資料が押収されました。

そして2009年4月に中勝美は逮捕され、殺人罪と強制わいせつ致死罪で起訴されます。

中勝美は一貫して容疑を否認しましたが、防犯カメラの映像や目撃証言から「犯人とするには合理的な疑いが残る」として、「無期懲役」を言い渡します。

中勝美と弁護士はこれを不服として即日控訴し、2012年12月に大阪高裁にて無期懲役判決を破棄し「逆転無罪」となったのです。

この理由なのですが、やはり犯行と直接結びつくような決定的な証拠が、中勝美からは出てこなかったということが強かったのでしょう。

中勝美の生い立ち前科など背景について

小杉美穂さん殺害事件を見守っていたほとんどの人間が、中勝美こそが真犯人で間違いないと考えていました。

その上での、まさかの逆転無罪。

青天の霹靂とはまさにこのことなのですが、決定的な証拠がなくてもこの中勝美には数多くの前科があり、疑わしい要素がふんだんにあるんですね。

それらの点について、中勝美の生い立ちや背景を見ていきましょう。

中勝美は1949年、京都の舞鶴市に生まれ、間もなくして母親と父親が離婚。

母親の再婚相手と同居するもその複雑な生い立ちが関係したのか、中学生の頃から脅迫・恐喝などの犯罪に手を染め、少年院を出たり入ったりしていたようです。

そして中勝美が25歳の1973年、時に当時同棲していた林好子さんとその兄の2人を殺害しました。

殺害理由は、彼女である林好子さんが中勝美との交際を反対した家族によって、実家に連れ戻されたことに激高したからです。

わざわざ滋賀県にある実家にまで赴いてナイフで2人を刺殺し、さらにその近所に住んでいる無関係の人間を人質にとって籠城までしたようです。

それらの事件によって懲役16年の判決を受けましたが、12年で仮出所。

次に中勝美が41歳の1991年、傷害と強制わいせつの疑いで逮捕。

この事件は舞鶴市の歩道で自転車に乗っていた20代の女性に対し、鈍器のようなもので殴りつけ、強姦しようとしたところを、通りかかった自衛隊員に押さえつけらたようです。

中勝美はこの事件によって、懲役6年の判決を受け1998年頃に出所。

それらから2001年に発生して未だに未解決事件の「舞鶴高3年女子殺害事件」も、中勝美の周辺で起きています。

そして2008年5月に今回取り上げている、小杉美穂さんの「舞鶴女子高生殺害事件」が起き、同年11月に下着と賽銭泥棒で中勝美は別件逮捕。

この件は上で解説したように無罪となったのですが、さらにまだ続きます。

無罪判決を受けた約5ヶ月後の2013年5月に、大阪市西成区のコンビニで雑誌を万引きして窃盗罪で現行犯逮捕され、懲役1年2ヶ月。

それからは大阪市西成区で生活保護を受けながら、アパート暮らしをしていたようです。

ですが平穏な日々は続くことなく、2014年11月には30代女性をナイフで刺して、殺人未遂の容疑で逮捕。

被害者の女性は一時期、清掃員として働いていたホテルのオーナーだったようです。

殺人未遂および強制わいせつ致傷などの罪として、懲役16年の判決を言い渡されています。

そして2016年7月、服役していた大阪医療刑務所にて、中勝美の病死が明らかとなりました。



小杉美穂さん殺害事件の真犯人は誰?第2の男とは?

上で中勝美の生い立ちや背景を紹介しましたが、いかがでしょうか?

2人の人間を実際に殺害してさらに殺人未遂で1人、それだけでなくわいせつ容疑や窃盗を繰り返すなどまさに犯罪のオンパレードですね。

ですが小杉美穂さんが被害者となった、舞鶴女子高生殺害事件については無罪の判決が出ています。

では中勝美が犯人じゃないとするなら、真犯人は一体誰になるのでしょうか?

テレビ番組では小杉美穂さんの母親である春美さんが、事件発生から書き留めていた12冊にもおよぶ量のノートが公開されるそうです。

そしてそこから今まで容疑に上がってこなかった、「第2の男」の存在が浮上するとのこと。

これに関してはテレビの内容を見ないと分かりませんが、個人的に気になったので調査してみました。

これは確定情報ではないのですが事件発生前に、小杉美穂さんは複数の男友達とメールをしていたそうです。

そしてその中に小杉美穂さんの友人の兄がいたようで、その人物が警察の捜査線上にあがっていたようです。

また犯行現場周辺でダボダボの服を着た若い男が目撃されていたようです。

中勝美が浮上したことでその人物の容疑は立ち消えたかもしれんせんが、もしかするとその人物こそが、テレビで明かされる「第2の男」なのかもしれませんね。

ですが個人的な意見をいわせてもらえば、やはり真犯人は中勝美だと思います。

ここまで紹介していなかったのですが、中勝美には不可解な点がたくさんあって、具体的には、

・事件当日に防犯カメラに写っていた黒い服を着ていた
・持っていた自転車の色が事件直後に塗り替えられていた
・事件後に自宅の畳が貼り替えられていた
・凶器と見られる鈍器を数年前から持っていた
・その凶器と見られる鈍器が事件発生後になくなっている
・犯行・殺害現場と中勝美の自宅の距離が近い
・事件当日のアリバイがない

主なところではこのような感じです。

決め手となる証拠がなかったため中勝美は無罪となりましたが、客観的に考えて「これほどの材料が揃うのだろうか?」と思います。

また上で述べている前科にも着目してみると、中勝美が1991年に起こした20代女性への傷害・わいせつ容疑ですが、小杉美穂さんの事件と犯行のやり口が一緒なんですよね。

舞鶴市の歩道にて、バールのような鈍器で何回も殴りつけています。

この20代女性の場合は、近くに屈強な男性がいたため事無きをえましたが、これが人気のない場所だったらどうなっていたのか・・・。

ここまでは私の個人的な見解ですが、最後に驚愕の事実を1つ。

中勝美が「舞鶴の件は俺がやった」と告白したことを、証言する人間が出たのです。

これは中勝美がホテルオーナー女性への傷害致死事件で、大阪拘置所に収監されている時に同部屋となった人物に告白したようです。

「オレがあいつに『本当はどうなんだ、やったのか』って聞いたんだ。

最初は否定していたけど、あるとき夜中に布団をこそっと上げて話しだした。

『本当はオレが殺ったんや。ほんまは殺っとんねん。オレはあの子に顔見られたからな。(凶器の)バールを埋めたのは警察が捜索した場所とは山ひとつ違う場所やから、捜しても絶対わからんよ。それに(DNA鑑定しても)何も出てこん』とね。

小声で話したんだよ。

同じ房のもう1人も聞いとった。やっぱりなと思ったね」

(引用:Smart FLASH

これの話を聞いてどうでしょうか?

拘置所内での武勇伝として、中勝美がホラを吹いた可能性もあります。

またこの証言している人物が、嘘をついている可能性もあでしょう。

なんにせよ中勝美は2016年に病死しているので真相は闇の中ですが、個人的にはこの話は異常なぐらい信ぴょう性を感じましたね。